アルコール依存症だと納得できなかった私|「そうかもしれない」として生きてみた

回復のヒント

アルコール依存症だと言われても、 私はすぐには納得できませんでした。

自分は酒を飲む普通の人であり、 世間で想像されるような依存症者ではないと思っていたからです。 それでも、完全に納得できる日を待たず、 「そうかもしれない」と仮に考えながら、 酒のない生活を続けることになりました。

この記事で振り返ること
  • 依存症という言葉を自分に当てはめられなかった理由
  • 問題を否定する以前に、可能性を考えられなかった状態
  • 納得より先に酒をやめたことで見えてきたこと
  • 他者の体験を通して、自分の飲み方を知った過程

私は「普通に酒を飲む人」だと思っていた

飲んでいた頃の私は、 自分をアルコール依存症だとは考えていませんでした。

確かに酒による問題は起きていました。 飲む量を抑えられない日もあり、 家族との関係や生活にも影響が出ていました。

それでも私の中では、 それらは依存症の証拠にはなりませんでした。

飲み方を間違えた。 精神的に疲れていた。 今の状況が悪いだけだ。 次はもう少しうまく飲める。

問題が起きるたびに説明は変わりましたが、 一つだけ変わらない前提がありました。

私は普通の人であり、 酒そのものを手放す必要はない。

この前提がある限り、 どれほど問題が増えても、 私の中で「依存症」という結論にはつながりませんでした。

依存症のイメージが、自分とかけ離れていた

私が思い浮かべていたアルコール依存症者は、 昼間から公園で酔いつぶれ、 仕事も生活もすべて失った人でした。

そうした極端なイメージと比べれば、 自分はまだ違うと思えました。

生活の一部が残っている。 酒を飲んでいない時間もある。 普通に会話できる時もある。

そのため、誰かから酒の問題を指摘されても、 「自分とは関係のない話だ」と感じていました。

私に起きていたこと

「依存症ではない」と十分に考えて結論を出していたのではありません。

依存症かもしれないという可能性そのものを、 深く考える前に通り過ぎていました。

否定している自覚さえ、 あまりなかったように思います。

自分と依存症はあまりに遠く、 比較する必要もないものとして扱っていたからです。

納得して酒をやめたわけではなかった

私は、自分から十分に考え、 依存症だと認めたうえで酒をやめたわけではありません。

家族との関係や生活が限界に近づき、 飲み続けることが難しくなった結果、 酒をやめざるを得ない状況になりました。

同じ問題を経験した人たちが集まる場所へ通ったのも、 最初は自分から望んだことではありませんでした。

私の中には、 まだ次のような考えが残っていました。

自分は本当の依存症ではない。 今回だけ酒をやめて生活を立て直せば、 いつか元に戻れるのではないか。

酒を飲んでいないのに、 酒のある人生を完全には諦めていませんでした。

酒をやめた行動と、 酒を必要としていた考え方の間には、 まだ大きな距離がありました。

「そうかもしれない」と仮に考えた

心の底から認められないものを、 無理に認めようとしても、 私の場合は反発が大きくなるだけでした。

そこで、はっきりとした結論を出す代わりに、 一つの仮定として扱うようになりました。

自分が本当に依存症かどうかは、 まだ納得できない。 ただ、そうである可能性があるとして、 しばらく生活してみる。

これは、依存症だと信じ込むことではありませんでした。

また、自分の人生や人格を すべて否定することでもありませんでした。

ただ、自分の考えが間違っている可能性を、 少しだけ残すことでした。

それまでの私は、 自分の飲み方について、 自分が一番よく分かっていると思っていました。

けれども、もし本当に分かっていたのなら、 なぜ同じ問題を繰り返したのか。

その疑問に対する答えを、 自分一人では出せなくなっていました。

私の認識が変わった順番
1
依存症という言葉を拒否したまま、酒をやめた
2
自分と似た飲み方や失敗をした人の話を聞いた
3
他人の体験として聞いていた話が、自分の経験と重なった
4
「自分にも同じ問題があるのかもしれない」と考えられるようになった
5
依存症という言葉を、人格への判決ではなく、経験を説明する言葉として使えるようになった

納得が先にあり、行動が後から続いたのではありません。 行動と経験の積み重ねに、認識が後から追いついてきました。

他人の話が、自分を見るための鏡になった

集まりでは、さまざまな人の体験を聞きました。

職業も年齢も生活環境も違いました。 自分より深刻に見える人もいれば、 外からは何の問題もないように見える人もいました。

それでも、話の一部には、 自分の経験とよく似たところがありました。

飲む前には量を決めていたこと。 飲み始めると予定が変わったこと。 問題が起きても、次はうまく飲めると思ったこと。 周囲の指摘より、自分の判断を信用したこと。

一つだけなら偶然だと思えました。

しかし、何人もの話の中に 自分と同じ考え方や行動を見つけると、 偶然だけでは説明しにくくなりました。

私は人の話を聞きながら、 少しずつ自分の飲み方を見ていました。

自分のことを直接考えると、 言い訳や恥ずかしさが先に出ました。

けれども他人の体験として聞けば、 少し距離を置いて見ることができました。

その人の話を理解した後で、 「自分にも似たことがあった」と気づく。

その繰り返しによって、 依存症という言葉と私の経験の距離が、 少しずつ縮まっていきました。

言葉を受け入れたというより、説明がつくようになった

ある日突然、 「私はアルコール依存症だ」と 完全に納得したわけではありません。

むしろ、酒のない時間が続く中で、 以前の自分を振り返れるようになりました。

飲んでいる最中には、 自分は自由に酒を選んでいると思っていました。

けれども距離ができてから見ると、 酒を中心に一日が組み立てられ、 酒を飲むために説明や約束を変え、 酒を守るために周囲から離れていたことが分かりました。

「依存症」という言葉を受け入れたから、 その事実が生まれたのではありません。

すでに起きていたことを振り返った時、 その言葉を使うと説明しやすかったのです。

私にとって認めることは、 新しい人格を名乗ることではありませんでした。 自分に起きていたことを、 以前より正確に説明できるようになることでした。

完全に納得できなくても、行動は始められた

依存症だと認めなければ、 酒をやめる資格がないわけではありません。

少なくとも私の場合、 十分な納得は出発点ではなく、 酒を飲まない日々の中で少しずつ生まれたものでした。

分からないまま通いました。 納得できないまま人の話を聞きました。 何を話せばよいか分からないまま、 自分のことも少しずつ話しました。

それでも、続ける中で、 自分一人では見えなかったものが見えるようになりました。

心の底から納得するまで待っていたら、 私は何も始められなかったかもしれません。

依存症の診断は医療機関が行うものです。 この記事は、診断の方法や自己判断を勧めるものではなく、 診断を受けた私が、その事実を自分の問題として 受け止められるようになるまでの体験を書いたものです。

「分からない」を残したままでもよかった

私は今でも、 過去のすべてを説明できるわけではありません。

どこから依存が始まったのか。 いつから自分の意思だけでは止められなくなったのか。 別の生き方が本当にあり得たのか。

はっきりしないことは残っています。

けれども、すべてを理解しなければ 酒のない生活を送れないわけではありません。

分からないことを分からないままにしながら、 自分に起きた事実を見る。

一人では判断できなかったことについて、 人の話を聞き、必要な助けを借りる。

私にとっては、その姿勢の方が、 完全な答えを出すことより大切でした。

「依存症だと心から認められたら始める」のではなく、 「そうかもしれない」として始めた生活の中で、 少しずつ自分の経験が見えるようになりました。

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