酒をやめても、昔の自分には戻れなかった

回復のヒント

酒をやめれば、飲む前の自分に戻れると思っていました。

しかし、実際に酒が抜けた後に現れたのは、懐かしく安心できる自分ではありませんでした。酒を必要とする前から抱えていた苦しさが、そのまま残っていました。

私は以前、酒をやめることを、壊れてしまった自分を元の状態へ戻す作業のように考えていました。

酒さえなくなれば、以前の生活に戻れる。普通に働き、普通に人と関わり、酒に振り回される前の自分として生きられる。

しかし、断酒を始めて分かったのは、私が戻ろうとしていた昔の自分も、すでにかなり苦しんでいたということでした。

その苦しさを抱えた生き方の中に、酒が入り込んだのです。

この記事で振り返ること
  • なぜ酒をやめれば昔の自分に戻れると思ったのか
  • 酒を失うことが、自分を失うように感じられた理由
  • 酒をやめても、生きづらさが残ったこと
  • 過去を捨てずに理解することで起きた変化

酒をやめれば、以前の生活を取り戻せると思っていた

飲酒によって生活が崩れていくと、問題の原因は酒にあるように見えます。

実際、酒を飲むことで起きていた問題はたくさんありました。

嘘をつく。金銭や生活の管理ができなくなる。人との約束を守れなくなる。自分の状態を隠すために、さらに酒を必要とする。

だから私は、酒を取り除けば、それ以前の自分へ戻れるような感覚を持っていました。

酒によって追加された問題を消せば、元の自分がその下から出てくると思っていたのです。

しかし、酒を飲む以前の私は、本当に安定していたわけではありませんでした。

人に弱さを見せられない。自分の問題は自分だけで処理しなければならない。人と関わりたいのに、人が怖い。

そうした生き方は、酒を覚える前からありました。

酒は何もない場所に突然現れたのではなく、すでに無理をしていた私の生き方の中へ入ってきました。

酒は、私の生き方の一部になっていた

酒は単に気分をよくするものではありませんでした。

人と話す。感情を処理する。不安を鈍らせる。眠る。明日への恐怖を一時的に遠ざける。

本来なら別々に扱う必要があることを、私は酒にまとめて任せていました。

酒を飲むことを中心にして、仕事や人付き合い、休息の取り方まで組み立てていました。

その状態が長く続くと、酒と自分を分けて考えることが難しくなりました。

酒をやめることは、習慣を一つ捨てるのではなく、自分の一部を切り離すことのように感じられました。

当時の私にとって、酒は生きるための道具であり、酒を使って生きている状態そのものが「自分」になっていました。

酒をやめたら、自分には何が残るのか。

人と話せない。気持ちを処理できない。眠れない。社会の中で動けない。

自分が半分以下の人間になってしまうような怖さがありました。

素面の現実は、生々しすぎた

酒が抜けた時、私は現実が急に鮮明になったように感じました。

それまで酒でぼんやりさせていた不安、後悔、孤独、将来への恐怖が、そのまま見えるようになりました。

酒をやめたのだから楽になるはずなのに、むしろ苦しさが増したように感じました。

長い間、度の合わない眼鏡をかけて景色を見ていた人が、突然それを外したような状態だったのだと思います。

裸眼で見る現実は鮮明でしたが、私には生々しすぎました。

何が起きているのかを理解するより先に、見たくない、感じたくないという気持ちが起きました。

酒をやめることは、問題が消えることではなく、それまで見ないようにしていた問題が見えるようになることでもありました。

断酒初期の私は、酒を飲まないだけで精いっぱいでした。

酒が果たしていた役割を失ったのに、それに代わる方法をまだ知りませんでした。

昔の自分に戻るだけでは、「我慢の断酒」になった

まず酒を抜き、素面の自分に戻ることは必要でした。

しかし、素面になっただけでは、酒を飲む以前の生き方へ戻ることになります。

問題を一人で抱える。外では大丈夫な自分を演じる。自分の感情を言葉にしない。できないことまで自分の責任として背負う。

その生き方が苦しくなった時に、酒が必要になったのです。

同じ生き方のまま酒だけを取り上げれば、私はただ苦しさを我慢することになります。

酒をやめても、酒を必要としていた生き方が残っていれば、断酒は我慢になりました。

我慢を続けるには、かなりの力が必要です。

酒を飲まないことだけを目標にすると、なぜ自分が酒を必要としていたのかを見なくて済みます。

しかし、それでは苦しさの形が変わるだけでした。

過去の自分を捨てるのではなく、理解する必要があった

私は一時期、過去の自分と決別し、新しい人間にならなければならないと考えていました。

飲んでいた自分を否定し、弱かった自分を捨て、別の自分を作り直さなければならない。

しかし、過去の自分を否定しても、その時に身につけた考え方や反応は、現在の自分の中に残っています。

過去の自分と現在の自分は、切り離された別人ではありませんでした。

だから私は、過去の自分が何を怖がっていたのか、何を我慢し、何を言えなかったのかを振り返る必要がありました。

なぜ人に頼れなかったのか。なぜ問題を隠したのか。なぜ外から見える自分を守る必要があったのか。

それを少しずつ言葉にすると、現在の自分がなぜ同じ反応をするのかも分かるようになりました。

過去を振り返ることは、昔へ戻るためではなく、現在の自分を理解するために必要でした。

自助会では、酒の代わりに自分を外へ出せた

酒をやめた後も、私は外で見せる自分を作ろうとしました。

元気になれば、また「やれる自分」を作り、できる人間として振る舞おうとしました。

それは私にとって、慣れていて安心できる生き方でした。

しかし、その自分を持ち上げ続けると、だんだん疲れていきます。

以前なら、その疲れを酒で処理していました。

自助会では、外で作っている自分を一時的に下ろし、自分の内面だけを話すことができました。

どう見られるかを考えず、まとまっていない気持ちをそのまま話しても、周囲の人は聞いていました。

酒を使って自分を緩めなくても、自分の中身を外へ出せる場所があることを知りました。

酒が担っていた役割の一部を、人との関わりの中で行えるようになりました。

それによって私は、急に別の人間になったわけではありません。

今でも外面を作ることがありますし、弱さを見せることを怖いと感じる時もあります。

ただ、その荷物を下ろせる場所と方法を知っています。

酒を捨てるとは、自分を捨てることではなかった

現在の私は、酒をやめることを、過去の自分を消す作業だとは考えていません。

飲んでいた自分も、酒を必要とする前の自分も、現在の自分につながっています。

当時の自分には、酒を使う以外に分からなかったことがありました。

それを正しいことにする必要はありませんが、ただ弱く、間違った人間だったと切り捨てる必要もありません。

当時の私

酒をやめれば昔の自分に戻れる、あるいは酒と一緒に古い自分も捨てなければならないと考えていました。

現在の私

過去の自分を理解しながら、今の自分を少しずつ持続可能な形へ変えていくことが回復だと考えています。

私が手放す必要があったのは、自分自身ではありませんでした。

酒がなければ生きられないという思い込みや、外では問題のない人間でいなければならないという生き方でした。

過去の自分を捨てるのではなく、その自分が背負っていたものを少しずつ下ろしていく。

その結果として、酒を使わずに続けられる生活へ変わっていったのだと思います。

私にとって酒を捨てる本当の意味は、自分を失うことではなく、酒がなければ維持できなかった生き方を見直すことでした。

ここに書いたことは、私自身の断酒と回復の経験から考えたものです。酒を手放す時に感じることや、断酒後に必要となる変化は人によって異なり、すべてのアルコール依存症者に同じ心理や経過が当てはまるわけではありません。

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