回復とは新しい自分を再構築すること

依存症の考察

依存症からの回復の道を歩み始めたとき、多くの人が心の中に一つの切実な願いを抱くかもしれません。
「お酒を知らなかった頃の、昔の自分に戻りたい」
それは、失ってしまった平穏や自信、そして何より自分自身への信頼を取り戻したいと願う、痛切な心の叫びです。

しかし、その「戻りたい」という願いは、時に私たちを過去という名の美しい幻影に縛り付けることがあります。
なぜなら、依存症からの本当の回復とは、過去への回帰ではなく、未来へ向けた創造的な旅路だからです。


「昔の自分」という名の、儚いゴール

「昔の自分に戻る」ことをゴールに設定すると、私たちはいくつかの壁にぶつかります。
そもそも、依存症に至る前の自分は、本当に完璧な存在だったのでしょうか。もしかすると、その頃の自分の中にも、後に依存へと繋がる何らかの生きづらさや脆弱性が、すでに存在していたのかもしれません。

また、依存症という苛烈な体験は、良くも悪くも、その人の価値観や世界の見方を根底から変えてしまいます。その経験を「なかったこと」にして、ただ昔の自分に戻ろうとすることは、重要な学びから目を逸らし、不安定な土台の上に家を建て直すようなものかもしれません。

回復とは、過去に失った何かを取り戻す「修復」作業ではなく、新しい自分を創造的に組み上げていく「再構築」のプロセスなのです。

過去を美化し、そこに戻ることだけを考えると、今の自分を絶えず「欠損した存在」として捉えてしまいます。それは、自己肯定感を育む上で、大きな足枷となり得るのです。


過去を「参照データ」として、未来を創る

では、「再構築」とは、具体的にどのような作業なのでしょうか。
それは、過去を全否定することでも、闇雲に未来へ突き進むことでもありません。それは、「飲む前の自分」「飲んでいた自分」の両方を、冷静な目で分析し、新しい自分を作るための貴重な「素材」として扱うことです。

飲む前の自分には、どんな良いところがありましたか?
大切にしていた価値観、好きだったこと、夢中になれた趣味…。それらは、新しい自分を形作る上で、かけがえのないヒントになります。

同時に、飲んでいた自分にも、学ぶべき点があります。
何から逃げようとしていたのか、何に苦しんでいたのか。その痛みと向き合うことで、新しい人生で本当に大切にすべきことが見えてきます。

飲む前の自分は、目指すべきゴールではありません。それは、新しい家を建てる際の「設計図」や「間取りの参考」のようなもの。あくまで、未知の自分を作るための貴重な「参照データ」の一つなのです。

過去は、戻る場所ではなく、学ぶ場所。そのように捉え直した時、私たちは初めて、過去の呪縛から解放され、未来へと自由に目を向けることができるようになります。


あなたは、まだ見ぬあなたになる

依存症からの回復の旅は、失われた宝物を探しに行く考古学的な冒険ではありません。
それは、手元にある様々な素材—楽しかった記憶も、苦しかった経験も全て—を使って、全く新しい彫刻を彫り上げていく、芸術的な創造活動に近いのかもしれません。

その彫刻が完成した時、そこにいるのは「昔のあなた」ではないでしょう。
それは、過去の全ての経験を統合し、以前よりも少しだけ賢く、少しだけ優しく、そして間違いなく強くなった、「まだ見ぬあなた」のはずです。

回復とは、失われたものを取り戻す物語ではなく、新しい自分に出会うための、希望に満ちた物語なのです。

タイトルとURLをコピーしました