依存症になりやすい人となりにくい人がいる理由|私が酒を必要にした流れ

依存症の考察

同じように酒を飲んでも、依存症になる人とならない人がいます。

私は長い間、その違いを意志や性格の問題だと考えていました。しかし、自分の飲み方を振り返ると、大きかったのは酒の量だけではなく、酒に何を任せていたかでした。

酒を楽しみながら、生活の一部として付き合える人がいます。

一方で、酒がなければ人と話せない、感情を処理できない、眠れない、現実に向き合えないという状態になる人もいます。

私は後者でした。

だからといって、依存症になる人には決まった性格がある、特定の家庭で育った人は必ず依存症になる、ということではありません。

依存症は、原因を一つに絞って説明できるほど単純なものではないと思います。

この記事では一般的な人間像を決めつけるのではなく、私の場合、どのような生き方の中で酒が必要なものになったのかを振り返ります。

私の場合、依存症への境界線は「どれだけ飲んだか」だけではなく、「酒が生活の中で、ほかに代わりのない役割を持った時」に越えていったのだと思います。
私が酒を必要にしていった流れ
  1. 自分の問題を一人で処理しようとした
  2. 酒によって、生きづらさが一時的に軽くなった
  3. 「自分には酒が必要だ」という経験が積み重なった
  4. 酒以外の対処方法が、次第に見えなくなった

依存症になりやすい「人」がいるというより、酒が必要になる「状況」があった

私は以前、「依存症になりやすい人」という言葉から、意志が弱い人、だらしない人、自制心がない人を想像していました。

依存症になった後も、その見方を自分に向けていました。

自分がだらしないからこうなった。本気でやめようとしなかったから悪化した。もっと自分を律するべきだった。

しかし、飲んでいた頃の生活を細かく見直すと、私は単に快楽を求めて酒を飲んでいたわけではありませんでした。

酒には、いくつもの役割がありました。

  • 人と話す時の緊張を鈍らせる
  • 孤独や寂しさを感じにくくする
  • 将来への不安を一時的に遠ざける
  • 怒りや不満を処理したような気分にする
  • 自分の失敗や現実を考えずに済ませる

これらを酒以外の方法で扱えていたなら、私と酒との関係は違っていたかもしれません。

しかし当時の私は、感情を人に話すことも、助けを求めることも、十分に休むことも苦手でした。

そのため、酒に任せる役割が少しずつ増えていきました。

酒そのものだけでなく、酒がなければ処理できない生活が、依存を育てていきました。

私は、困った時ほど一人で何とかしようとした

私の生き方の土台には、「自分のことは自分で何とかする」という考えがありました。

それだけを聞けば、自立した考えのようにも見えます。

しかし私の場合は、必要な時にも人へ頼れないという意味を含んでいました。

失敗した時、苦しい時、何をすればよいか分からない時にも、私は自分の中だけで解決しようとしました。

人に話せば、弱いと思われる。迷惑をかける。否定される。自分の問題を自分で処理できない人間だと知られてしまう。

そのように感じていたため、状況が悪くなるほど人から離れました。

高校卒業後に長く引きこもっていた時も、私は周囲の人に本当の苦しさを伝えられませんでした。

将来への不安や、自分だけが取り残されていく感覚があっても、大丈夫なふりを続けました。

一人では処理できない問題を抱えているのに、さらに一人になろうとしていたのです。

私は一人で生きられる人間だったのではなく、人に頼れないまま一人で生きようとしていました。

酒は、人を介さずに得られる助けだった

人に助けを求めることには、多くの不安があります。

自分の状態を説明しなければなりません。相手が理解してくれるとは限りません。断られたり、否定されたりする可能性もあります。

その点、酒は私に説明を求めませんでした。

恥ずかしいことを話さなくてもよい。相手の都合を考えなくてもよい。自分が何に困っているのか分からなくても、飲めば一時的に状態が変わります。

私にとって、酒は人を介さずに得られる助けのようなものでした。

人との関係には不確実さがありますが、酒を飲めば一定の変化が起こります。

緊張が緩み、気持ちが大きくなり、現実への感覚が薄れます。

その即効性は、当時の私にはとても便利でした。

酒を選んだというより、人に頼れなかった私にとって、酒だけがすぐに使える方法として残っていきました。

もちろん、酒は本当に問題を解決していたわけではありません。

しかし、その場をやり過ごせた経験は残ります。

「つらい時は酒を飲めばよい」

「人と話す時には酒があった方がよい」

「自分が生きるには酒が必要だ」

そうした考えが、経験を重ねるたびに自然なものになっていきました。

酒による成功体験が、依存への道を作った

依存症というと、失敗が積み重なって生じるように見えるかもしれません。

しかし私の場合、最初にあったのは失敗よりも成功でした。

酒を飲んだら話しやすくなった。嫌なことを考えずに済んだ。眠れた。孤独が気にならなくなった。

酒によって一時的に助かったと感じる経験があったため、私は何度も酒へ戻りました。

問題が起きるようになってからも、「酒そのものが悪いのではなく、飲み方を間違えただけだ」と考えました。

量を減らせばよい。飲む時間を変えればよい。仕事をきちんとすればよい。周囲に迷惑をかけなければよい。

酒を手放すのではなく、酒を残したまま問題だけをなくそうとしました。

なぜなら、酒を手放せば、以前から抱えていた生きづらさがそのまま戻ってくるからです。

酒による失敗が増えても、過去に酒によって助かった記憶が、酒を手放しにくくしていました。

酒が必要になったことで、ほかの方法が育たなかった

人は何かに困った時、さまざまな方法を使います。

誰かに相談する。休む。距離を取る。断る。気持ちを言葉にする。専門家へ相談する。環境を変える。

私には、そのような選択肢がほとんどありませんでした。

正確には、選択肢が存在しなかったのではなく、自分が使える方法だと思っていませんでした。

相談すれば迷惑をかける。逃げれば負けになる。休めば怠けている。できないと言えば価値を失う。

そのような考えがあるため、酒以外の方法を選びにくくなっていました。

酒を使う回数が増えると、酒を使わずに感情を扱う経験も減っていきました。

人との会話も、眠り方も、休日の過ごし方も、酒があることを前提に組み立てるようになりました。

酒が生活へ深く入り込むほど、酒がない自分には何もできないように感じました。

酒が多くの役割を引き受けるほど、私は酒以外の方法を練習しなくなりました。

「なりやすい性格」を探すだけでは、自分の問題は見えなかった

私には、完璧であろうとするところ、人に頼れないところ、失敗を必要以上に恥ずかしがるところがありました。

しかし、そのような性質を持つ人が、全員依存症になるわけではありません。

内向的な人や、一人で過ごすことが好きな人が、依存症になりやすいと決めつけることもできません。

大切なのは、性格の名前をつけることより、その性質によって何が起きているかを見ることだと思います。

完璧であろうとするために、人へ相談できなくなっていないか。

一人でいることを選んでいるつもりで、実際には人との関係を怖がっていないか。

失敗を隠すために、現実から離れる方法を必要としていないか。

自分の気持ちを扱う方法が、一つの物や行動だけに偏っていないか。

私の場合は、それらが酒へ集まっていきました。

私が見るようになった三つの点
  • 酒の量――以前より量や回数が増えていないか
  • 酒の役割――会話、睡眠、感情処理などを酒だけに任せていないか
  • 酒以外の選択肢――人へ話す、休む、助けを求める方法が残っているか

依存は、酒と自分だけの関係になった時に深まった

飲酒が進むにつれて、酒について人と話すことが難しくなりました。

飲んだ量を隠し、起きた問題を小さく見せ、まだ大丈夫だと自分へ言い聞かせました。

その結果、酒は私と酒だけの秘密になりました。

誰にも知られず、誰にも口を出されず、酒によって自分の状態を管理しようとしました。

人との関係が減るほど、酒の重要性は高くなりました。

酒の重要性が高くなるほど、そのことを人へ話せなくなりました。

孤立と飲酒が、お互いを支えるような状態になっていたのだと思います。

酒に依存したというだけでなく、人との関係を減らし、酒だけを頼れる状態にしていったことが、私の依存を深めました。

回復では、酒を取り上げるだけでなく、頼れる先を増やす必要があった

断酒を始めた時、酒が果たしていた役割が一度になくなりました。

酒を飲まなければよいと頭では分かっていても、酒なしでどう感情を処理し、人と関わり、生活すればよいのか分かりませんでした。

自助会では、自分の状態を言葉にし、人の話を聞く経験を重ねました。

自分一人で答えを出さなくてもよいこと、うまく説明できなくても人に聞いてもらえることを知りました。

また、疲れている時には休む、分からない時には相談する、できないことをできないと言うなど、それまで酒に任せていたことを分けて扱うようになりました。

一つのものに多くを任せるのではなく、必要に応じて複数の方法を使うようになったのです。

私にとって回復は、酒を使わない意志を証明することだけではありませんでした。

酒しか使えなかった生活へ、少しずつ別の選択肢を戻すことでした。

私には、依存症になった一つの原因は見つからなかった

なぜ自分が依存症になったのかを考えても、原因を一つに決めることはできません。

生まれ持った性質、育った環境、物事の受け止め方、孤立、酒との出会い、酒によって得た経験、生活上の負担。

それらが重なった結果だと考えています。

ただ、私自身の経験から、はっきり言えることがあります。

私は酒が好きだっただけではありません。

酒がなければ、自分の生活を維持できないと感じるようになっていました。

その状態に至るまでには、人に頼れないこと、自分の気持ちを言葉にできないこと、酒による一時的な成功を繰り返したことがありました。

依存症になりやすい人となりにくい人の違いを、私は性格の優劣では説明できません。私の場合は、酒に任せた役割の多さと、酒以外に頼れる方法の少なさが大きかったのだと思います。

ここに書いたことは、私自身の飲酒と回復の経験から考えたものです。依存症が生じる背景にはさまざまな要素があり、特定の性格、家庭環境、経験だけで判断できるものではありません。飲酒について不安がある場合は、一人で結論を出さず、医療機関や公的相談窓口などへ相談することも大切です。

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