【生存戦略としての依存】私たちが「心の壁」を作り、それを壊すために飲んでいた理由

依存症の考察

こんにちは、康平です。

アルコール依存症からの回復を続ける中で、私はふと「なぜ、あそこまで必死に飲んでいたのだろう」と振り返ることがあります。

一般的には、お酒が好きだから、快楽を求めているから、あるいは意志が弱いからだと言われることが多いかもしれません。

しかし、私の実感は少し違います。

私にとって飲酒は、快楽のためというよりも、生き延びるために必要な「生存戦略」でした。

今日は、傷つきやすい自分を守るために作った「心の壁」と、その壁が引き起こす依存のメカニズムについて、私の体験を通してお話ししたいと思います。

世界を「敵」だと感じていた日々

飲酒時代の私は、世界や他者をどこか「攻撃的で怖いもの」として認識していました。

街を歩けば、すれ違う人が自分を笑っているような気がする。

会話をすれば、相手が自分の欠点を探しているように感じる。

常に緊張状態で、まるで戦場にいるような感覚で日々を過ごしていました。

「ちゃんとしていない自分」「ダメな自分」を見透かされることが、何よりも恐ろしかったのです。

この過剰な警戒心が、私の生きづらさの根底にありました。

自分を守るために築いた「強固な壁」

そんな恐怖から身を守るために、私は無意識のうちに自分の心に強固な「壁」を築いていきました。

本音を言わない。

感情を表に出さない。

人との関わりを最小限にする。

そうやって外界からの刺激を遮断すれば、確かに傷つくことはありません。

壁の中にいれば、一時的な安心感は得られました。

しかし、それは同時に「孤独」という別の苦しみを生むことになります。

壁の中で一人でいると、誰とも繋がれない寂しさが募っていきます。

エネルギーが枯渇し、誰かにわかってほしい、誰かと話したいという欲求が限界まで高まっていきました。

アルコールという「不器用な生存戦略」

ここで登場するのがアルコールでした。

シラフの私は、理性が邪魔をして、自分で作った壁をどうしても開けることができません。

傷つくのが怖くて、扉に鍵をかけたまま動けなくなっている状態です。

しかし、孤独感は限界に達しています。

このままでは心が壊れてしまう。

そう感じた時、私はお酒を使って理性を麻痺させ、強制的に壁を破壊するという手段に出ました。

酔うことで、あれほど恐れていた他者の目が気にならなくなります。

壁が壊れ、堰を切ったように言葉が溢れ出し、誰かと繋がることができるように感じました。

つまり、私にとっての飲酒は、孤独死しないための緊急避難的な「生存戦略」だったのです。

自分で壁を作り、自分で苦しくなり、それを壊すためにお酒を飲む。

今思えば、それはとても不器用で、エネルギーを浪費するだけの自作自演でした。

しかし、当時の私には、それ以外に人と関わる方法がわからなかったのです。

壁がなくても大丈夫だと知ること

断酒をして5年が経ちますが、今の私はお酒を使って壁を壊す必要がなくなりました。

なぜなら、「そもそもそんなに強固な壁は必要なかった」と気づいたからです。

自助会などで、自分の弱さや恥ずかしい過去を素直に話してみる。

すると、誰も私を攻撃しませんでした。

笑って受け入れてくれたり、共感してくれたりしました。

その経験を重ねるうちに、私の認識が変わっていきました。

世界は私が思っていたほど恐ろしい場所ではなかったのです。

他者は敵ではなく、同じような弱さを抱えた人間でした。

シラフのままで、安全に人と関わることができる。

傷つくこともあるけれど、それはお酒で麻痺させるほどのことではない。

そう実感できた時、防衛のために飲酒するという私の生存戦略は、その役目を終えました。

おわりに

もし今、お酒がやめられずに苦しんでいる方がいたら、自分を責めないでください。

あなたは意志が弱いのではありません。

あまりにも世界を恐れ、自分を守ろうと必死に戦っているだけなのかもしれません。

壁を作って自分を守ることは、決して悪いことではありません。

ただ、その壁の中だけで生きるには、人間はあまりにも寂しがり屋な生き物です。

お酒という爆薬を使わずに、内側からそっとドアを開けてみる。

そんな新しい生存戦略に切り替えることは、いつからでも可能です。

壁の向こう側には、あなたが恐れているような敵ばかりではなく、案外優しい世界が広がっているかもしれません。

タイトルとURLをコピーしました