私は過去を忘れたかったのではありません。過去をやり直したかったのです。
「あの時、違う選択をしていれば」と考え続けました。過去へ戻れないことは分かっていても、その可能性を手放すと、今の人生まで確定してしまうように感じました。
酒をやめて間もない頃、私は過去のことばかり考えていました。
あの時、酒を飲まなければ。
あの選択をしなければ。
もっと早く問題に気づいていれば。
人の話を聞いていれば。
そう考えると、現在の苦しさには、すべて一つの過去から始まった原因があるように感じられました。
その一点へ戻り、選び直すことさえできれば、自分の人生を元へ戻せる。
現実には不可能だと分かっていても、私はその考えから離れられませんでした。
- なぜ一つの過去へ戻ることばかり考えたのか
- 現在の苦しさが、後悔を大きくしていたこと
- 酒が過去と現在の両方を感じなくする役割を持ったこと
- 手放すことと、責任を忘れることの違い
- 過去を変えずに、過去との関係を変えるということ
- 一つの選択が、人生全体を壊したように見えた
- 私は現在ではなく、失った可能性の中で生きていた
- 現在の苦しさが続くほど、後悔は終わらなかった
- 酒は、過去を消すのではなく、考える時間を止めていた
- 苦しんでいる自分を保つために、過去を握っていた
- 手放すことは、価値がなかったと認めることではない
- 変えられないこと、変えられること、まだ分からないこと
- 許してもらうことまで、自分の回復条件にしていた
- 過去を話すと、一つの記号ではなくなっていった
- 過去の意味は、現在の行動によって少しずつ変わった
- 手放したのは過去ではなく、過去を変え続ける作業だった
- 過去へ戻りたい日は、今の状態を確認する
- 過去を閉じ込めず、今日を過去の中へ閉じ込めない
一つの選択が、人生全体を壊したように見えた
過去を振り返る時、私は複雑な出来事を一つの場面へまとめました。
自分の生活が崩れたのは、あの選択をしたからだ。
その選択さえなければ、今よりはましな人生になっていた。
そのように考えました。
実際には、その前にもさまざまな出来事がありました。
人とうまく関われなかったこと。
不安や悩みを言葉にできなかったこと。
問題を隠しながら生活していたこと。
酒によって気持ちや時間を処理するようになっていたこと。
一つの選択だけで、突然すべてが始まったわけではありません。
しかし、複雑な流れを一つの出来事へまとめれば、苦しみの原因が分かりやすくなります。
原因が一つなら、そこへ戻ればすべてを変えられるようにも感じられます。
「あの時さえ変えられれば」と考えることは、失った人生をまだ取り戻せると考えることでもありました。
その考えには、私を苦しめる面と、私を支える面の両方がありました。
過去を責めている間は、現在の生活をそのまま受け入れずに済みます。
本当の人生は別にあり、今の人生は過去の間違いによって生じた仮の人生だと思うことができました。
本来の自分には別の人生があった。しかし、過去の一つの選択によって道を外れ、現在の自分になってしまった。
私は現在ではなく、失った可能性の中で生きていた
「あの時に戻れたら」と考えている時、私は過去の事実だけを見ていたわけではありません。
選ばなかった人生を想像していました。
酒に問題が起きなかった自分。
周囲へ迷惑をかけなかった自分。
失った時間を持っている自分。
現在とは違う仕事や人間関係を持っている自分。
その人生は、実際には一度も存在していません。
それでも想像の中では、現在よりよい人生として作ることができます。
困った出来事や失敗を除き、失ったものだけを並べることができます。
現在の自分と、その理想化された人生を比べれば、現在は必ず見劣りします。
その比較を続けている限り、現在の生活に満足できるはずがありません。
今日できたことより、過去に失ったものが重要になります。
今そばにいる人より、失われたかもしれない関係の方が価値あるものに見えます。
私は現在を生きながら、意識の多くを、存在しなかった別の人生へ置いていました。
現在の苦しさが続くほど、後悔は終わらなかった
後悔は、過去の出来事だけから生じていたわけではありません。
その出来事の影響が、現在にも残っていると感じるため、私は過去を終わったことにできませんでした。
現在の生活が苦しい時には、「あの選択がなければ」と考えます。
体調や人間関係がうまくいかない時にも、その原因を過去へ求めました。
反対に、現在の状態が少し落ち着いている時には、同じ過去を思い出しても、感じ方が違う場合があります。
つまり、私の後悔は固定されたものではありませんでした。
現在の自分の状態によって、過去の出来事の大きさや意味が変わりました。
実際に起きた出来事や、自分が行った選択。これは後から変更できない。
あの出来事が人生を決めた、すべての原因だった、という現在からの見方。
今も続いている悩みや不安が、過去を繰り返し思い出させる。
過去の事実は変わりません。
しかし、その出来事を人生全体の中でどのように位置づけるかは、現在の状態によって変わります。
現在の問題へ少しずつ対応することで、過去の記憶の見え方が変わることもありました。
過去を手放すために過去を変える必要はありませんでした。現在の苦しさを、すべて過去だけの責任にしないことが必要でした。
酒は、過去を消すのではなく、考える時間を止めていた
飲んでいた頃、酒は後悔から離れるための道具でもありました。
過去の失敗や現在の不安を思い出すと、私は酒を飲みました。
酒が入れば、考えがまとまらなくなります。
過去と現在を結びつけ、将来について考える力も小さくなります。
問題が解決したわけではありません。
ただ、その時間だけは、人生の続きを考えずに済みました。
私は酒で過去を消そうとしていたというより、過去と向き合う現在の自分を止めていたのだと思います。
翌日になると、以前からの後悔に、飲んだことへの後悔が加わります。
できなかったことや、言ってしまったこと、隠さなければならないことも増えます。
すると私は、さらに前の時点へ戻りたいと考えました。
昨日飲む前へ。
酒の問題が大きくなる前へ。
最初の選択をする前へ。
飲むたびに、戻りたい過去が増えていきました。
苦しんでいる自分を保つために、過去を握っていた
後悔によって苦しむことには、自分を罰する意味もありました。
自分は間違ったことをしたのだから、簡単に楽になってはいけない。
人へ迷惑をかけたのだから、自分も苦しみ続けなければならない。
過去を忘れて楽しく生活すれば、反省していない人間になる。
そのような感覚がありました。
過去を繰り返し思い出し、自分を責めることで、私は過ちを軽く扱っていないと証明しようとしていたのだと思います。
私は、現在も苦しんでいることを、過去への責任の取り方にしていました。
しかし、私が苦しみ続けても、起きたことが修復されるわけではありません。
相手が受けた影響が小さくなるわけでもありません。
自分を責めることに時間と力を使い切ると、現在できる対応も難しくなります。
酒を飲まずに生活すること。
必要な謝罪や説明をすること。
同じことを繰り返さないために、自分の行動を見直すこと。
それらは、自分を責め続けることとは別の行動でした。
手放すことは、価値がなかったと認めることではない
私は、執着しているものを手放すと、それまで使った時間や努力まで無価値になるように感じていました。
酒を手放せば、酒によって何とか生きてきた時間まで否定される。
過去への後悔を手放せば、その出来事が重要ではなかったことになる。
失ったものを惜しまなくなれば、本当は大切にしていなかったことになる。
そのように考えると、手放すことは裏切りのように感じられます。
しかし、何かを大切に思うことと、それを考え続けて現在の生活を止めることは別です。
過去の選択が重要だったとしても、そこへ戻ることはできません。
失った関係が大切だったとしても、相手に以前と同じ関係へ戻ることを求め続けることはできません。
手放すとは、「どうでもよかった」と言い直すことではありません。大切だったと認めたまま、現在を止める役割から外すことでした。
私が過去を手放し始めた時、過去の価値がなくなったわけではありません。
過去を見ないようにしたわけでもありません。
ただ、過去を現在のすべての判断基準にすることを少しずつやめました。
変えられないこと、変えられること、まだ分からないこと
私は以前、問題を二つに分けていました。
思い通りになったことと、ならなかったことです。
思い通りにならなかったことは、努力によって変えなければならないと考えました。
しかし、過去について考える時には、もう一つ別の分け方が必要でした。
すでに起きた出来事、失った時間、酒を飲んだ事実、相手がその時に受けた影響。
酒を飲まないこと、出来事を隠さないこと、必要な対応をすること、人へ相談すること。
相手が許すか、関係がどうなるか、将来どのような意味を持つか、気持ちがいつ変化するか。
「まだ分からないこと」を、私はすぐに望ましい結果へ確定させたくなりました。
謝れば許してほしい。
酒をやめたなら、以前の関係へ戻ってほしい。
努力したなら、過去を埋め合わせたことにしてほしい。
しかし、それらは私一人では決められません。
現在の自分にできる対応を行っても、結果は時間や相手の判断へ残ります。
許してもらうことまで、自分の回復条件にしていた
過去の行動について謝ったとしても、相手が許してくれるとは限りません。
相手には、相手の記憶や生活があります。
私が回復し始めたからといって、相手の傷や不信感が同じ速さで変わるわけではありません。
以前の私は、相手に許してもらうことによって、自分も過去から解放されると考えていました。
相手が「もう気にしていない」と言ってくれれば、自分も安心できる。
以前の関係へ戻れれば、自分の回復は認められたことになる。
その期待がありました。
しかし、相手の許しを自分の回復条件にすると、私は再び自分の人生を相手の反応へ預けることになります。
自分がしたことへ対応する責任は私にあります。しかし、その対応を受け取った相手がどう感じるかは、私には決められません。
相手が距離を取り続けることもあります。
謝罪を受け入れない場合もあります。
私の変化を信じるまでに、長い時間が必要な場合もあります。
その結果を操作しようとせず、自分が現在できる行動を続けることが必要でした。
過去を話すと、一つの記号ではなくなっていった
一人で過去を思い出している時、記憶は短い言葉になっていました。
「あの時の失敗」
「人生を壊した選択」
「取り返しのつかないこと」
その言葉が浮かぶと、周囲にあった事情を考えず、すぐに後悔や自己否定が生じました。
自助会などで過去について話す時には、出来事をもう少し具体的に説明する必要があります。
その頃、どのような生活をしていたのか。
何を怖がっていたのか。
なぜ人へ相談しなかったのか。
酒がどのような役割を持っていたのか。
その時の自分には、何が見えていて、何が見えていなかったのか。
話していくと、一つの失敗として固まっていた記憶の周囲に、別の出来事や感情が戻ってきました。
- 1 一つの言葉になる
「人生を壊した失敗」として、出来事全体をまとめる。
- 2 具体的に話す
その時の生活、感情、飲酒、人間関係について説明する。
- 3 事実と解釈を分ける
実際に起きたことと、「すべての原因だった」という見方を分ける。
- 4 現在への影響を見る
過去だけでなく、今も続いている問題や不安を確認する。
- 5 今日の行動へ戻る
過去を変える代わりに、現在できる対応を選ぶ。
過去を正当化するのではなく、一つの出来事だけで自分の人生全体を説明しないようになりました。
過去の自分には、問題のある行動がありました。
その責任がなくなるわけではありません。
ただ、過去の自分を「すべてを分かっていながら、わざと人生を壊した人間」とだけ見る必要もありませんでした。
当時の私には、当時の狭い見方と、限られた方法しかありませんでした。
そのことを知ると、過去の行動を正当化せずに、過去の自分がどのような状態だったのかを考えられるようになりました。
過去の意味は、現在の行動によって少しずつ変わった
過去の出来事そのものを、よい出来事に変えることはできません。
起きてよかったと思えないこともあります。
現在も後悔している選択があります。
それでも、その経験から何も得られないと決まったわけではありません。
自分がなぜ人へ助けを求められなかったのかを話すことで、同じように一人で抱えている人へ言葉を渡すことができます。
酒によって何を失ったかを話すことで、まだ問題を隠している人が、自分の状態を考える材料になる場合があります。
自分の失敗を、誰かを説得するために使う必要はありません。
自分の経験として置いておくことで、後から受け取る人がいるかもしれません。
過去の出来事が変わったのではありません。過去が、私を責め続ける材料だけではなく、現在の生き方を考える材料にもなりました。
過去を役立つものにしなければならない、と考える必要もないと思います。
苦しんだ経験には必ず意味がある、と言い切ることもできません。
ただ、すでに起きた出来事を、これからどのように扱うかは残されています。
隠すこともできます。
自分を罰するために使うこともできます。
話して理解する材料にすることもできます。
私は少しずつ、三つ目の扱い方を選ぶようになりました。
手放したのは過去ではなく、過去を変え続ける作業だった
過去の記憶は、現在も残っています。
思い出せば、後悔することもあります。
「別の選択をしていれば」と考える日もあります。
私は、過去を完全に手放せたとは思っていません。
ただ、以前のように、過去を変える方法を探し続けることは少なくなりました。
過去へ戻る方法、失った人生との比較、相手の許しを確実に得ようとすること、苦しみ続けなければならないという義務。
起きたことを忘れないこと、自分の行動を見ること、必要な対応をすること、同じことを繰り返さないための経験。
過去を手放すという言葉から、何も感じなくなることを想像していました。
しかし、何も感じなくなる必要はありませんでした。
後悔がありながら、今日の生活へ戻ることができます。
大切だったものを思い出しながら、現在の人間関係を大切にすることもできます。
過去へ責任を感じながら、現在の自分へ休息を与えることもできます。
過去へ戻りたい日は、今の状態を確認する
現在も、過去へ戻りたいという考えが出てくることがあります。
その時、私は過去だけを調べ続けるのではなく、現在の状態も見るようにしています。
今、何かに困っていないか。
疲れていないか。
人へ話せていない問題がないか。
現在の生活で行き詰まり、過去を原因にすることで説明を終えようとしていないか。
過去のことを考えてはいけないわけではありません。
思い出さないように抑えると、かえって頭から離れなくなることもあります。
ただ、過去について考えているようで、実際には現在の苦しさから目を離している場合があります。
そのことに気づいた時は、過去を解決しようとする前に、今日の状態を人へ話します。
過去の答えを探し続けるのではなく、今は何に困っていて、今日どのような行動ができるかを考える。
過去を閉じ込めず、今日を過去の中へ閉じ込めない
私は以前、過去を手放すには、過去を忘れなければならないと思っていました。
しかし、忘れようとするほど、過去を意識しました。
反対に、過去だけを見続ければ、現在の生活が過去の中へ閉じ込められます。
私に必要だったのは、過去を消すことでも、過去へ戻ることでもありませんでした。
起きたことを、自分の人生の一部として置くことでした。
その出来事だけが、自分の人生全体ではありません。
飲んでいた自分だけが、自分のすべてでもありません。
過去に間違った選択をした自分と、今日、別の行動を選ぶ自分は、同じ一人の人間です。
過去をなかったことにせず、過去だけで自分を決めない。その間に、現在の生活がありました。
「あの時に戻れたら」と考える自分が、完全にいなくなったわけではありません。
その気持ちが出てきても、すぐに追い出そうとはしません。
自分は今、何を取り戻したいのかを考えます。
安心を取り戻したいのか。
信頼を取り戻したいのか。
健康や生活の安定を取り戻したいのか。
過去へ戻らなくても、現在から少しずつ作れるものがあるかもしれません。
私にとって過去への執着を手放すことは、一度の決断ではありませんでした。
過去へ戻ろうとしていることに気づくたびに、現在へ戻り直すことでした。
今日、酒を飲まない。
今日の問題を隠さない。
今日できる対応をする。
その小さな行動によって、過去と現在の関係は少しずつ変わりました。
ここに書いたことは、私自身の飲酒、後悔、回復の経験から考えたものです。過去の出来事を振り返ることが役立つ場合もあれば、つらい記憶が急に戻り、生活が不安定になる場合もあります。無理に一人で記憶を掘り起こす必要はありません。過去の記憶や後悔によって日常生活に大きな支障が出ている場合は、医療機関や公的相談窓口などへ相談してください。

アルコール依存症当事者です。
2020年7月から断酒しています。
ASK公認依存症予防教育アドバイザー8期生

