「もう、こんなものは手放したい」
そう思っているのに、なぜか手放せない。お酒、人間関係、過去への執着…。頭では分かっているのに、気づけばまた、同じものを強く握りしめている。
もしあなたがそんな苦しみの中にいるのなら、まず知ってほしいことがあります。
「手放そう」と意識すればするほど、実は手放すのが難しくなる、という逆説的な真実を。
こんにちは。私はかつてアルコールに依存し、その執着を手放すために長い時間、試行錯誤を続けてきました。この記事では、私の体験と多くの回復者の姿から見えてきた、「手放せない」本当の理由と、固く握りしめた拳を自然と緩めるための具体的な3つのステップについてお話しします。
なぜ、私たちは「手放す」のがこれほど難しいのか?
手放せないのには、明確な理由があります。
それはあなたの意志が弱いからではありません。
手放そうとすることが、逆に対象物を意識させてしまう
「手放す」という行為は、「手放そうとしている対象物」を強く意識してしまう行為に他なりません。ピンクの象を思い浮かべないでください、と言われると、かえって頭の中がピンクの象でいっぱいになるのと同じです。
離れようとすればするほど、その存在感は増していく。これが、私たちが最初に陥る罠です。
「慣れ親しんだ苦しみ」の方が、未知の不安より”楽”だから
お酒に依存していた頃、それは確かに苦しい毎日でした。しかし、その苦しみは「勝手知ったる苦しみ」であり、ある意味では安心できる場所でもあったのです。
それに対して、「手放した先の世界」は、どうなるか全くわからない未知の領域です。その変化に対する恐怖は、「慣れ親しんだ苦しみ」よりも耐え難く感じられることがあります。だから私たちは、無意識に元の苦しみに戻ろうとしてしまうのです。
「それが重要であってほしい」と、心の奥で願っているから
そして、これが最も厄介で、最も根深い理由です。
手放すのが本当に怖いのは、「手放そうとしているものが、自分にとって価値がなくなってしまうのが怖い」からです。
なぜなら、私たちはそれに人生を捧げてきたからです。心血を注いできたわけです。そのお酒が、その執着が、自分にとって価値のないものだったと認めることは、まるで自分の人生そのものが無価値だったと宣告されるような痛みを伴います。
だから、心の奥底では「それが自分にとって重要であってほしい」と願い、価値あるものとして握りしめ続けてしまうのです。
固く握りしめた拳を、自然と緩めるための3つのステップ
では、どうすればこのがんじがらめの状態から抜け出せるのでしょうか。キーワードは「緩める」ことです。無理にこじ開けるのではなく、自然と力が抜けていくようなアプローチを試してみましょう。
ステップ1:まず「強く握りしめている自分」に、ただ気づく
拳を強く握り続けていると、感覚が麻痺し、自分が力を入れていることすら忘れてしまいます。
だから、最初のステップは「ああ、自分は今、こんなにも強く握りしめているんだな」と、ただ気づくことです。
私の場合は、断酒を続けていくうちに、ふと「あれ、そういえば今、お酒のことを考えていなかったな」という瞬間に気づきました。常に頭の中心にあったお酒のことを考えていない時間がある。その事実に気づいた時、とても驚くと同時に、「考えていなくても、生きていけるんだ」という大きな安心感を得たのです。
まずは、自分の状態を観察すること。それが「緩める」ための第一歩です。
ステップ2:「手放したい」と「手放したくない」自分、両方の存在を認める
「もう二度とお酒は飲まない!」と固く決意する必要があるのは、なぜでしょうか。
それは、「辞めたい」という気持ちと同じくらい、「できれば飲みたい」と思っている自分がいるからです。
人の気持ちは0か100かではありません。葛藤のなかにいるのが普通なのです。
だから、まずはその矛盾を認めてあげましょう。「手放したい。でも、心のどこかでは、これが好きでたまらないんだ」と。
この矛盾した本心を認めることで、初めて思考と行動が一致し、あなたは自分自身の心に対するコントロールを少し取り戻すことができるのです。
ステップ3:「視野を広げる」ための新しい習慣を取り入れる
視野が狭くなると、私たちは握りしめているものしか見えなくなります。だから、意識的に視野を広げ、新しい風を心に入れてあげることが重要です。
そのために効果的なのは、「他者とコミュニケーションがとれる、能動的な趣味を持つこと」です。
お酒を飲んでいた時にしていた活動(私の場合は野球観戦やドラマ鑑賞)は、しばらく離れるのが無難かもしれません。それらは飲酒欲求と強く結びついているからです。
そうではなく、アルコールを伴わない新しい活動、例えばギターやドラムなどの音楽、英会話、あるいは自助会のイベント(AAだったらラウンドアップやフェロー、断酒会ならソフトボールなど)に参加してみることをお勧めします。
やってみないと分かりませんが、本当に、人と話しているだけで心は軽くなるものです。そうして生まれた心の「余白」が、あなたの握りしめる力を自然と緩めてくれます。
まとめ:手放した先にある、本当の自由へ
ここまでお話ししてきたステップは、見方を変えれば、依存によって奪われていた自分の「意志」を取り戻す旅路とも言えます。
「受容」は決して終着点ではありません。むしろ、それは全ての始まりです。「自分はこれに対して力を失ったのだ」と心から受け入れられた時、私たちは初めて、その制約の上でどう生きるかという、新しい人生の設計図を描き始めることができます。
その「力を緩める経験」を一度でもした人は、固定されていると感じていた世界が、実は変わりうるものだと実感できるはずです。あなたの人生の主導権は、他の誰でもない、あなた自身が握っているのだと。
私は断酒して1年経った時、気づきました。自分は酒を飲んでいたつもりが、完全に酒に飲まれ、操られていたのだと。自分の意志など、まるでなかったのだと。
その重荷を手放した先にあったのは、何物にも代えがたい「解放の喜び」でした。
一度手放したものを、また握りしめてしまう日があったっていい。大切なのは、「いつでも力を緩められる」と知っていることです。
この記事を読んでくれたあなたが、その穏やかな感覚を信頼し、あなただけの自由で創造的な人生をこれから作り直していってくれることを、心から願ってやみません。